ダウンタウンなうにYOSHIKI登場!恋愛事情や結婚観など意外な素顔を披露!

   

本音でハシゴ酒(YOSHIKI)

最近、テレビでよくYOSHIKIさんを見かけますね!

今回は、ダウンタウンなう【本音でハシゴ酒】に登場。

1時間全てYOSHIKIという豪華な内容になっていました!

YOSHIKIの意外な素顔も明らかになったその時の様子を一部始終お伝えします!

 

ダウンタウンなうにYOSHIKIが登場!

ダウンタウンなう、新年一発めのゲストはYOSHIKI。

愛車「Aston Martin」に乗ってさっそうと登場したYOSHIKI、様になっていましたね!

ダウンタウンとはダウンタウンの番組だった「HEY!HEY!HEY!」で共演したのが最初みたいですね。

私もHEY!HEY!HEY!はよく見ていたので、思い出し、懐かしんでいました。

 

で、最後に共演してから今回は11年ぶりの共演ということで、きっとトークにも華が咲くのでは?!

そんな期待をしながら、番組を見始めましたよ。

 

ダウンタウンなうが開催された場所は?

さすがYOSHIKI様の回。

いつものような居酒屋ではなく、今回はYOSHIKIが行きつけだというお店で開催されました。

その場所は、六本木にある「1967」というお店。

1967

(引用元:https://tokyo-calendar.jp/article/10382)

 

内装は豪華で、六本木にあるのがふさわしい、そんな雰囲気のするお店でしたね。

YOSHIKIのお気に入りはテラス席だそうです。

 

そして、YOSHIKIの本音でハシゴ酒!

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乾杯の飲み物は、YOSHIKIがプロデュースする(作っている)ワイン「Y by YOSHIKI」。

完成までに何百回も作り直した至極のワインです。

乾杯の後はいよいよトークの始まり始まり!

 

首は大丈夫?

去年5月に頸椎椎間板の大手術を行ったYOSHIKI。

その経過を尋ねられると・・・

「あまりよくないんですけど」

というYOSHIKI。

人工の椎間板が入っているので、あまりしっくり来ていない様子です。

 

YOSHIKIは5番目と6番目の間に人工の椎間板を入れる手術をしたのですが、実は、3と4と5の間の椎間板もボロボロだとか・・・。

今後、ドラムをたたくと、また手術をしなければいけなくなるというYOSHIKIに対して、松ちゃんが、

「じゃぁ、ドラムはやめる方向・・・?」

と尋ねると、YOSHIKIは

「医者からは完全ストップなのですが、僕としてはやろうかなって

えっ??と耳を疑う発言に、もちろん浜ちゃんからの

「そらあかんやろ!」

という鋭い突っ込みが入りました!

 

そして、YOSHIKIの激動の半生が語られることになります。

 

呉服屋の息子として生まれたYOSHIKIの転機

1965年、千葉県館山市で生まれます。

YOSHIKIとしては年齢・出身地など非公開なのですが、幼馴染のTOSHIが公表しているから、全部ばれちゃってるって、笑いながら話すYOSHIKI。

もう、ギャグの領域??

 

4歳でピアノを習い始めます。

小さい頃は喘息がひどくて、年の半分くらいは入院しなければならないくらいで、病弱だったんですって。

 

そんなYOSHIKIに最初の転機がやってきます。

1976年、父が他界してしまうのです。

しかも自殺でした。

そして、KISSというバンドの武道館公演を観て、ドラムを始めるのです!

 

当時、トランペットをやっていたYOSHIKIは喘息の影響でうまくかみ合わなくて、何か叩くものが欲しいなと思って、ドラムを始めたんですって。

理由になってる?!(笑)

でも、父親がドラマーになるのが夢だったんですって。

それは後で母に聞いたそうですが、血は争えませんね!

 

1982年、幼馴染のTOSHIとXを結成

1984年~1988年のインディーズ時代から爆発的な人気でした。

私も昔、インディーズ時代の曲を気に入ってよく聞いていました。

そしてメジャーデビュー後は、2年目に武道館ライブ、3年目に東京ドーム公演をするなど、スゴイ勢いでした。

そのころ、YOSHIKIはやんちゃだったようで・・・

 

カレーが辛い!から帰った?!

これはもう伝説?!ですよね。

HEY!HEY!HEY!の時にYOSHIKIが最近腹が立ったこととして話した話なのですが、

好きなカレー屋さんのカレーを用意しておいてもらい食べたら、カレーがあまりにも辛くて、腹が立ってテーブルをひっくり返して帰っちゃった

という話。

これには皆も大爆笑!

 

実は、この話には裏があって、自分のお気に入りのカレー屋のカレーだと思って食べたら、実は違う場所のカレーでそれが辛かったしらしく、、、それが、、、テーブル引返すくらい腹が立っちゃったみたいですね。

 

途中で帰ったYOSHIKIに対し、HIDEが「どうしたの」と心配して電話をしたら、YOSHIKIは「カレーが辛くて帰った」というと、HIDEは「しょうがないね」って。

さすが?!HIDE!!

でも、YOSHIKIがそんな貴重な話をサラッとするのも、なんかすごい。

 

他にもあって、これも有名な話ですが、「シャワーが熱い」っていう話。

篠山紀信さんのスタジオで撮影前にシャワーを浴びたら、何をどうしても熱いシャワーしか出てこず、半分ヤケドしちゃって、だから帰っちゃった!って。

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YOSHIKIの自由さ?もぶっ飛んでますね。

 

NHK紅白歌合戦出場

やんちゃもしていたころ、YOSHIKIが率いる「X」は紅白歌合戦に出場が決まるのです。

バリバリにとんがっていたYOSHIKIは、このことに対して素直に「嬉しかった」って。

そこには驚くべき理由が・・・

 

ずっと異端児で生きてきたから、母親や親せきには認められなかったのが、母親に「紅白出るよ」って言ったら、スゴイ喜んでくれて、それが嬉しかったんですって。

HIDEもそうだったみたい。

そういったYOSHIKIに対して、浜ちゃんは「めっちゃエエ子やん!」って突っ込んでいましたけどね(笑)

 

HYDEからのメッセージ。YOSHIKIの素顔とは?

そして、HYDEさんからのタレコミが!

それは・・・

HYDE
完璧主義にもほどがある。

NEWアルバムが(去年)6月にでると言っておきながら、20年以上出していない

何十年もレコーディングしていると、初期の音と現代の音がずれてくるので、また過去のを取り直したりしている。

まるでガウディのサグラダファミリア

ですって。

これにも一同も大爆笑。

 

けれどこれには、YOSHIKIなりの想いがあってのことでした。

それは・・・

アーティストが年に1度CDを出すのは基本的にレーベル側が決めたこと。

使命として何かを持って僕は生まれてきたと思っている。

お金を稼ぐのであれば違う商売になってたと思うんですよ。

でも僕は音楽をやりたいと思ったんで、で、僕はクラッシック好きじゃないですか?

だから、100年後200年後に聴かれる曲を1曲でも生きているうちに書ければ…

と思ったら、毎年アルバムを出すことに努力するよりも、素晴らしい楽曲を10年かかっても書きたい

と。

 

なんか深イィ話ですよね。

まぉ、これにも「で、何年だってる?」って浜ちゃんからの突っ込みがありましたけどね。

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YOSHIKIの恋愛・結婚観!

まさか、プライベートの話題が出るなんて!(笑)

 

YOSHIKIにモテたでしょ?

と坂上忍さんが突っ込むと、YOSHIKIは即答で

モテました

とさらっと即答!

そして、

ちなみに過去形じゃないですけど

って!

そりゃーそうですよね、なんかモテそうな感じしますもの。

YOSHIKIが今でも色気があるのは、素敵な恋愛をされているかもしれませんね。

ちなみに自分から口説くこともあるそうです。

 

タイプはあるのか?という質問には、

「音楽に没頭したいのでそれさえわかってくれれば特にない」

のですって。

デートも普通にするって言われてましたけど、YOSHIKIの普通ってどんなんでしょう。

ぶっ飛んでそうですけどね。

 

彼女はいるのか?というド直球の質問には、ブッって吹きながらも

「まぁご想像にお任せします💛」

って。

 

で、で、結婚願望は?という質問には

ありますね

って。

ダウンタウンの二人も

えっ!!

という、鋭い突っ込み!

YOSHIKIは

結婚して子供を作って幸せな家庭を築きたい

と、語っていました。

見た目とのギャップに

「裏切られるわ」

と松ちゃんが。。。

ほんとそう!

YOSHIKIに結婚願望があったなんて、意外でした。

 

最大のピンチ

YOSHIKIにとって最大のピンチが訪れました。

「X JAPAN」に改名して世界進出を目指した後、

  • 1997年に起こったTOSHIの脱退→X JAPANの解散
  • 1998年に起こったTOSHIの洗脳問題、HIDEの急死

でした。

これは私の記憶にも鮮明に残っています。

 

X JAPANの解散が宣言された1997年、最後のライブ、「THE LAST LIVE ~最後の夜~」が行われました。

そこで、今でも伝説のシーンとしてファンの間では語り継がれているシーンがあるんです。

それがこのシーン。

話すことがなかった2人が、この瞬間だけ、昔にもどったかのように抱き合っていました。

ほんと、ちょっとこのシーンは、いつ見ても感動してしまいます。

ちなみに、この最後のコンサートは、52000枚のチケットが2分で完売したそうですよ。

で!恒例のXジャンプでドーム周辺は震度3を記録したという逸話もあるとか。

スゴイ・・・。

こうして、16年間の歴史に幕を閉じたのでした。

 

TOSHIの洗脳騒動

X JAPANが解散した翌年、TOSHIの洗脳騒動が勃発しました。

そのころを振り返ってYOSHIKIが語ります。

 

TOSHIから「脱退したい」という連絡を受けて、TOSHI、HIDE、YOSHIKIで話し合った時のこと、YOSHIKIはTOSHIの様子を見て、普通でないことが分かり、「もうダメだな。」と思ったそうです。

子供のころから知っているTOSHIじゃなく、純粋で頭がいいTOSHIが決めたことだから、きっと何かあるんだろうなって思ったそうです。

 

何とかならなかったのか、という松ちゃんの問いには、

日本では大スターだったけれど、アメリカでは無名で、でも絶対成功したいから、YOSHIKIは強引に皆を引っ張っていこうとしたんだけれど、皆も疲弊していて、皆の気持ちがそこにないのにやろうとしたから、こうなってしまったのも「自分のせいだ」って。

 

そして、ここからが深いなって思ったのですが、TOSHIからの申し出を受け入れたのも、

「どっかで自分もバンドから離れたかったんです

って。

YOSHIKIも疲れていたんですね。

 

(そして、ここでYOSHIKIはリップを塗っていました(笑))

 

話が、洗脳問題に絡んで、浜ちゃんが沢山数珠をつけているということになると、YOSHIKIも最近頻繁に「セドナ」に行くと。

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そこはパワースポット的な場所で、原住民のシャーマンとも仲良くなって、そんな自分をふと「あれ、俺大丈夫かな?」って思ったそうです。

で!TOSHIに相談したら

「まだ大丈夫なんじゃない?」

って。

TOSHIが一応専門家だからって相談したらしいのですが(笑)、そんな話がサラリと言えるくらいまでなったんですね。

 

HIDEの急死

それは1998年5月2日のことでした。

HIDEの告別式には5万人のファンが訪れるくらい、みんながHIDEの死を悲しみました。

YOSHIKIはこのことが本当にショックで、ミュージシャン引退を決意するくらいだったそうです。

 

そんな時、YOSHIKIをある仕事が救いました!

 

1999年11月12日、「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」で、全世界から招待された15000人の前で、自ら作曲した奉祝曲「Anniversary」を披露することになったのです。

依頼は、奉祝委員会というのがあって、そこから受けたんだそうです。

自分がその場にふさわしいか悩んだYOSHIKIは

お母さんに相談して決めた

んですって(笑)。

で、母からは

「光栄なことなのでやってみたら」

と言われてやることにしたんだそうです。

なんか、微笑ましくないですか!!ステキ。

 

当時、X JAPANもなくなって、ミュージシャンをやめようかとも思っていたYOSHIKIは、このオファーを頂いたとき、「死ぬ気でやってみよう」と思い、力を振り絞って作曲を始めたんだそうです。

で、その祭典で演奏させてもらった時、皆さんの歓声を聴いて

やっぱり自分はそこで生きて行くべきと思った

んですって。

そして、ミュージシャンとしての再スタートを切ります。

 

X JAPANの再結成

2007年、ついにX JAPANの再結成を発表します。

実はこの再結成の時、TOSHIの洗脳は解けていませんでした。

でも、それでもYOSHIKIは再結成に踏み切ったのです。

 

そのきっかけはTOSHIでした。

TOSHIから連絡があり、ロスで話をしたとき、YOSHIKIは何か違うなと思いながらも、久しぶりにTOSHIと昔話をして、自分にとってもこれがチャンスかもしれない!と思って再結成をすることにしたんだそうです。

もしかしたら「どこかで目覚めるんじゃないか」と思って。

 

ちなみに、YOSHIKIが後で聞いた話によると、TOSHIの洗脳組織?のリーダーからX JAPANを再結成して、お金をもっと持ってこいと言われていたんだそうです。

でも、再結成をしてから、ちょっとずつTOSHIの洗脳が解け、今では、大丈夫になったとのこと。

でも、人はどこかで洗脳されているから、ってYOSHIKIが。

確かにそうですよね。

 

この時のことを語る2人は、X JAPANのドキュメンタリー映画、「We are X」に収録されているそうです。

X JAPAN 再始動

「X JAPAN  WORLD TOURE Live」として、北米・欧州・南米・東南アジアツアーを行ったり、ロックの殿堂マディソン・スクエア・ガーデン、ウェンブリー・アリーナで公演を行ったりと世界での活躍の場を広げるX JAPAN。

けれど、これに対してYOSHIKIは、「まだ全然僕らは無名で、やったことが日本で大々的に報道されるので結構頑張っているイメージはあるけどまだまだ全然無名なんで」と。

 

で?世界進出のために意外なお仕事もするYOSHIKI。

それがこれ。

フランスで天気予報番組をやったんですって!

これは、フランスの名物番組で、著名人が天気予報をやるっていうのが慣習らしく、そこにYOSHIKIが登場したんです。

やっているときは、「ドッキリなのかな」って思ったそうです。

そして、相当疲れてて、どうしていいのか分からなかったって言われていました。

 

さらに、音楽以外にこんな取り組みもされています。

それはボランティアとかチャリティ。

「そういうことをしていると自分も救われるみたいな。

僕らみたいな職業は何をやっているのか途中で分からなくなる。

だから、なんとなくそいういう世のためにもなっているんだなと思えるようなことをしていると、存在意義があるような気がして」

ですって。

 

そして、超大物アーティスト、KISSのジーン・シモンズからのメッセージが。

YOSHIKIは、どのミュージシャンとも違い、多才に多様な楽器を使いこなしファンをこよなく愛する男だって。

YOSHIKIに賞賛を送るメッセージでした。

 

番組最後はやはりYOSHIKIのピアノ演奏!

YOSHIKIのクリスタルのピアノがわざわざ用意され、「Forever Love」の綺麗なメロディが奏でられ、番組は終了しました。

 

まとめ

番組全てがYOSHIKIの時間。

すごく贅沢な時間で、YOSHIKIの様々な一面を見ることができました。

圧倒的な存在感なのに愛されるべきキャラYOSHIKI。

これからの活躍も本当に楽しみです!

 

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